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猿之助、隼人が意気込みを披露~「スーパー歌舞伎II(セカンド) 新版オグリ」

 
 10月・11月、新橋演舞場で『スーパー歌舞伎II(セカンド) 新版オグリ』が上演されます。
伝説のスーパー歌舞伎が、市川猿之助中村隼人の「小栗判官役 交互出演」「客席左右同時 両宙乗り」で甦る、話題の舞台です。公演に先立ち猿之助・隼人らが意気込みを披露しました。

【横内謙介(脚本)】
 またスーパー歌舞伎に関われることを本当にうれしく思っています。前作の『オグリ』を、蒼々たるスタッフの方々が(市川)猿翁さんの軽井沢の別荘で手間暇掛けて創り上げる様子を、たまたま別の脚本を仕上げていた私が居合わせ拝見し、感銘を受けた思い出があります。初めて観たスーパー歌舞伎もその『オグリ』でした。
 前作では、猿翁さん、梅原猛先生の創り出した世界が小栗判官個人の中に描かれていました。今回は「猿之助さんと仲間たちが創る大きな世界の中で小栗が生きている」、輝かしいヒーローでありながら、まちがいも犯し悩む・・・そんな等身大の小栗を描いています。さらに、地獄での大立ち廻りなど、歌舞伎のエンターテイメント性も盛り込んだ作品にしていきたいと思っています。



【杉原邦生(演出)】
 まだこの場にいることが自分でも信じられない気分です。私が歌舞伎を初めて観たのが猿翁さんの巡業公演の舞台でした。そして猿之助さんとの出会いは、京都造形芸術大学の学生だった頃、第一回の「亀治郎の会」(2002年8月京都芸術劇場春秋座)のために作った学内で流すCMを褒めていただいたことに始まりまして、澤瀉屋の方々には深い縁を感じております。
 今回は“歓喜”、生きる上での喜びがテーマです。登場人物は皆何かに縛られ、それぞれの自由を求め、まちがいながらやがて本当の自由を知る。その姿が現代の街に生きる不良少年たちと重なり、衣裳にもストリートファッションを取り入ました。また地獄を真っ白な世界で描いてみるなど、猿之助さんとアイディアを出しあいながら新たな作品を創っていきたいと思っています。



【市川猿之助】
 スーパー歌舞伎II(セカンド)の第三弾として『新版オグリ』を上演します。前作『ワンピース』が大当たりで、その後は期待がものすごいので何をしようか迷いましたが、ふと思ったのが『オグリ』でした。一番最初に伯父(猿翁)から聞いた言葉で残っていたのが、『オグリ』の最初の演出プランはTV画面を舞台に並べたかったということでした。当時はいろいろ制約があり鏡になりましたが、技術が進歩して初演(1991年4・5月新橋演舞場)から約30年後に私がかなえられるので、ぜひやりたいと思いました。
 今回のテーマは“歓喜”。「今が楽しければいいんだ」というアウトローの集団が、その価値を否定され真の意味に目覚める、この世に生まれた意味が“歓喜”を味わうことだということを、皆様にも感じていただきたいと思います。
 「血の池地獄」や「馬に跨っての客席左右同時両宙乗り」などの大スペクタクルもあり、『ワンピース』ではタンバリンで会場が一体となりましたが、今回は皆さんと一緒に踊って、ぜひ“歓喜”に涙していただきたいと思っています。

 今回は隼人さんとダブルキャスト。見た目はもちろん、動きも違います。いままでの人生経験や人としての魅力など、役には様々な要素がでてくるので、違いを楽しんでもらいたいです。
 梅原先生を尊敬しているので、ある意味先生に捧げる、ひとつの答えとして上演できることをうれしく思っています。梅原先生からは生前「君は歌舞伎の世界で僕を生かし続けてくれ」と。その思いを大切に、今回“歓喜”という“ひとつの哲学”を演劇を通して打ち出すことができるか、作品に哲学を込めるという先生の演劇に対する姿勢、それを学びたいと思っています。



【中村隼人】
 『オグリ』の初演の時には私はまだ生まれていませんでしたが、父(中村錦之助)は20代のころから猿翁さんの元で修業し、その話を小さな頃からよく聞いておりましたので、今回『オグリ』に出演させていただくことをありがたく思っています。スーパー歌舞伎の精神の一つが「現代の方の胸を打つ作品」。猿之助さんとともに、皆様に喜んでもらえる作品を創っていきたいと思います。

 小栗は荒くれ者を束ね道を切り開きます。その姿は私にとって猿之助さんそのもの。また、猿翁さんと父の歳が、猿之助さんと私の差と同じくらいで、それも踏まえて父からは「作品を創る過程や人間性を見習い、近づけるように」と言われます。
 私は小栗の実年齢に近く、それを意識して、立廻りでも古典との違いを見せたいですし、衣裳もバンダナの上にキャップ、そしてドレッドヘアーと、今までの歌舞伎にはないものです。25歳という年齢の自分が、新しい世代のための歌舞伎の広告塔になることができればと思っています。