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梅丸が「中村莟玉」を披露~歌舞伎座11月「吉例顔見世大歌舞伎」

歌舞伎座11月公演「吉例顔見世大歌舞伎」にて、中村梅玉の部屋子、中村梅丸が「中村莟玉(なかむら かんぎょく)」と改めることになりました。

【中村梅玉】
この度、中村梅丸を養子にして、跡継ぎとして育てていくことになりました。
彼が初めて私の部屋を尋ねてきたのが15年前、7歳のころ。「歌舞伎を好きな子がいるので楽屋にいさせてほしい」と頼まれ、当時は1年もすれば飽きてしまうのではと思ってもいましたが、ものすごく歌舞伎のことが好きで、毎週土日や学校のない日は必ず楽屋に来て黒衣を着て、私の手伝いをしておりました。本当にやる覚悟があるんだなと思い、2年後には正式に梅丸という名を与え、私の部屋子として育てることにいたしました。それから13年、今では先輩や仲間からも可愛がられ、また皆様によく使っていただきまして、本当に幸せ者だと思います。
まだまだ半人前、やっとこれでプロの役者としてスタートラインに立ったばかりです。私ともども精進を重ねて、一人前の役者に育てたいと思っています。

夜の部の最初『菊畑』で、私が智恵内、彼が虎蔵で莟玉をご披露させていただきます。劇中で口上ができればと現在相談中です。
最近は女方で使っていただくことが多いのですが、元々彼は私の芸に憧れておりまして、そういった立役の道に進むには最適な役だと思っております。もちろん、これからずっと立役に進むという事ではなく、まだまだ修業中の身ですから、女方も立役もいろんな役を勉強をしていくことになると思います。
父(六代目中村歌右衛門)が若い頃に自分の勉強会を「莟会(つぼみかい)」として何度も公演して以来、「莟」という名は私にとりましても大事な名前です。これから自分の名前として「莟玉」を一人前にしてほしいと願っています。



【中村梅丸】
今まで梅丸として、部屋子として修業させていただきましたところ、この度養子として迎えていただき、中村莟玉というお名前をいただき、ご披露させていただくこととなりました。
15年前に初めて師匠(梅玉)の部屋を尋ねたときには、まさかこんなことになるとは思いもせず、子どもの頃の夢の一つとして「歌舞伎役者になりたい」と思っておりました。それが、大好きな歌舞伎に携わるだけではなく、このようなお話をいただきまして大変嬉しく、今はまだ、ご披露させていただいてから実感が沸くのではないかなと思っている次第です。育ててきていただいた一門でこのような披露をさせていただけることが幸せで、その幸せを噛みしめながら一生懸命がんばりたいと思います。

以前から、師匠の得意とする前髪物に憧れがあり、(中村)歌昇さん種之助さんご兄弟が主催された「双蝶会」で『車引』の桜丸を勉強させていただいた頃から、一層こういうお役も勉強できればと思うようになりました。もちろん女方をさせていただく楽しさもあり、今までも(中村)魁春旦那に色々と教えていただいてきましたので、欲張りではありますが、今はどちらも勉強していきたいと思っています。

大旦那(六代目歌右衛門)は直には拝見したことがありませんが、いつの頃からか尊敬の念を強く持つようになりました。大好きなこの一門の精神の源は、やはり大旦那に行き着くのではないでしょうか。私も一門の一員としてその精神は学んでいきたいですし、自分のアイデンティティとして、どのようなお役も、その気持ちを常に持って勤めたいと思っています。